宇崎ちゃんは遊びたい!の献血ポスター問題を追ってたら、人の認知に興味出てきたし、めっちゃ疲れた ①

fukamefukame.hatenablog.jp

 

「敵は味方の中に。(宇崎ちゃんポスター問題について)」を書いてから、沢山の方に沢山の反応をいただきました。

見た人の頭の整理になればいいな、と思っていたので、この反応は素直に嬉しい限りです。

その中でいただいたコメントへのコメント返し?と

いただいた意見から考察した、オタクでもフェミニストでもない私からのお話しをさせてください。

 

まず、いただいた意見の中で多かったものや気になったものをピックアップしてみました。

 

・他人を勝手にいやらしい物と判定する事が悪いことなのか。なるほど。

・二次元(イラスト)と三次元(現実の女性)の区別がついていない記事。

・エロいかエロくないか、ではなくゾーニングの問題。

 ・他人の認知を叩き潰す事になるので結果戦争になる。

・実際に私は気持ち悪いと思って献血にいくのをやめた。文句を言われる筋合いはない。

 

 

こちらの意見に対してのコメントを、一つずつシリーズとして述べさせていただきます。まず一つ目。

 

 

・他人を勝手にいやらしい物と判定する事が悪いことなのか。なるほど。

⇒このコメントは結構多かったように思えます。

が、私が整理した考えは意見をお送りいただいた方のご認識と少し違う可能性があります。

これは、きちんと届かなかった私の日本語力不足だと思います、スミマセン。

 

私が記事で書きたかったことは「判定する事が悪い事」ではなく

「『私はこう判定したから』とコンテンツ提供者に伝える行為」を迂闊にしてはならない、という事です。

 

私はエロが大好きです。他者を見て勝手に「エロいなー」と思う事もありますし、興奮する事もあります。割とタイプの幅も広いので、大抵の身体特徴に魅力を感じますし、魅力の大小に着衣の有無は関係ありません。

(余談ですが、着衣フェチですので、むしろ露出が多いと萎えます。w)

ただ、常に心掛けている事としては、感想を望まれない方に直接お伝えする事は行わない、という事です。

この太字が非常に大事です。

 

例えば、前回のブログでも引用させていただいた石川優実さんのツイートで説明します。

(石川さん、いつもすみません。。。)

 

前回も少しお話ししましたが、石川さんは時々twitterにご自身の下着姿を晒しています。(女性の下着姿が表示されます。一応センシティブな画像なので、リンクとさせていただきました。問題ない方だけご覧ください。)

 

石川優実@#KuToo署名中👞👠 on Twitter: "写真展のために久しぶりのグラビアの撮影だよ!
今日はウエストラインがいい感じ😌
そしてボルドーの下着好き。いいよね、下着って水着より好きだ!
#フェミニストが脱いで何が悪い… "

 

 

この投稿に対して、下記のコメントが私の問題としている、「『私はこう判定したから』とコンテンツ提供者に伝える」行為です。

 

 

hachiman01 on Twitter: "フェミニストが脱いでも悪くないけど、首から下だけでいい😅… "

 

SUB3 on Twitter: "一生懸命腹を凹ませて笑顔が引きつったり、
横向いて腹を凹ませて見せたり、
腰捻って腹を凹ませて見せたり、もう少しランニングとか食生活とか、努力された方が良いと思いますよ?… "

 

上記以外にも沢山ありましたが、例として2つピックアップしました。

どうですかね、ピンと来ていただけましたでしょうか。

上記の意見、心の中で思ってたり仲間内で言う分には全く問題ないと思いますが

石川さんに伝える事がNGです、と伝えたかったのです。

どうして自分に石川さんのスタイルや容姿を批評出来る資格があると思われているのでしょうか。知り合いでもないのに。ただただ純粋に失礼じゃないですか?

 

そして、もう一歩踏み込んだ話をします。

 

屈強な顎 on Twitter: "ステキなボディライン!美しいです✨… "

 

こちらのコメントも、NGな可能性があります。

「え、なんで?褒めてるじゃん!」と思う方もいらっしゃるかと思いますが、

「私は貴方の身体を好意的にとらえました」という情報すら、求めていない人にとっては不快な情報になる可能性があります。

(特に、褒め言葉には善意が込められている可能性が高いので無下にする事も出来ず、余計に厄介だったりします)

 

 

評価、というものは当事者と評価者の関係性によって意味合いが大きく異なってきます。

お互い好意を抱いている者同士だった場合、仮に評価を求めていなかったとしても「今日の髪型可愛いね」と言われれば嬉しくなったりします。

勿論、「え!今日の鞄ダサいよ~~変えた方が良い!」みたいな評価も、関係性によっては受け入れられる評価になります。

ただ、その関係性が無い、もしくは崩壊している場合、評価は、良かろうが悪かろうが途端に不快なものとして扱われる可能性が高くなります。

だから、「『私はこう判定したから』とコンテンツ提供者に伝える」行為を迂闊にするな、と問題にしているのです。

 

 

例え話をしてみます。

 

 

貴方は少しぽっちゃりした方だと仮定します。 

そんな貴方は、会社の人や家族や友人と撮った集合写真をtwitterへアップしました。もちろん貴方も映っています。

当日参加していた方や、回りの友人の方から早速リプライが飛んできました。

 

「○○(貴方の事)、太りすぎだよw」

「違う違う!○○はぽっちゃりしてるから癒し系で可愛いんだよ!」

「△△、可愛い!美人だね!」

「□□、目閉じちゃってるww」

「××の筋肉凄いな!腹筋バキバキ!」

 

あーその日は楽しかったなぁ。確かにちょっと最近太り過ぎかも。

癒し系かー、ちょっと恥ずかしいな。。。

なんて思いながら一つ一つリプライを見ていると、

その中に全然知らない、誰の知り合いでもない人からのリプライが何件か含まれていたので読んでみました。

 

「左の人(貴方の事)、太りすぎだよw」

「左の人はぽっちゃりしてるから癒し系で可愛い!」

「右の人(△△の事)、可愛い!美人だね!」

「真ん中の人(□□の事)、目閉じちゃってるww」

「手前の人(××の事)の筋肉凄いな!腹筋バキバキ!」

 

......めっちゃ気持ち悪くないですか?

分かりますか?この「誰やねんお前!!」感。伝わるかな。

知らん人に太り過ぎって言われてもイラッとするし、可愛いって言われても相手がどんな人か分からないから怖いしで、肯定も否定も当事者にはポジティブな意見として届く事がありません。

 

そして、こういう事を書くと必ず「twitterは公共の場で誰でも人のつぶやきが見えるんだから、意見されるのが嫌だったら身内だけで鍵かけて閉じこもってろ」と言われるんですが

 

twitterは公共の場であり、誰にでも私のつぶやきが見える事

・求めてもいないのに他人を勝手に評価して、その評価を本人に伝える行為 

 

完全に別の問題で、切り離して考える必要があります。

 

確かに鍵をかけて身内で集まっていれば、批判意見は飛んできませんが

「車に轢かれたくなければ、家の外に出るな」という意見と同類ですし

インターネットの世界では「家に引きこもっていたら、突然車が突っ込んできた

みたいな事もあるので、

上記二つの事象はちゃんと切り分けなければいけません。

 

今回の宇崎ちゃんのポスターの件に当てはめると

 

献血会場は公共の場であり、誰にでも宇崎ちゃんのポスターが見える事

・求めてもいないのに宇崎ちゃんポスターを勝手に評価して、その評価を赤十字、作者に伝える行為 

 

は別の問題、という事です。

この二つを混ぜて話をしてしまうと、途端に議論がカオスになります。

一生話が着地しません。 

 

「じゃあ私が宇崎ちゃんポスターを見て不快に感じた気持ちは我慢して飲み込まなければいけないのか」という意見も生まれてくるかと思いますが、またそれは別のお話でさせてください。(また文章が長くなりすぎた。。。)

 

というわけで、前回のエントリーの補足?として一文書かせていただきました。

 二つ目以降は②〜で書かせていただければ幸いです。

 

 

余談ですが、件名の「めっちゃ疲れた」について。

今回の騒動をきっかけに色んな方の意見を検索しては目にしているのですが

 

・「明らかに」論理が破綻しているのに、暴言とセットで強引に訴えるツイート

 (1行で自己矛盾しているようなやつ。。。)

・間違った事は言ってないのに、一言余計な言葉を添えて攻撃するツイート

 (~~という事なんですが、頭大丈夫ですか?みたいな)

・そもそもただの攻撃

 (フェミニストキモい、オタクキモい、みたいな)

 

上記のような不必要に攻撃的な意見が多く、スクリーニングするのに非常に疲れました。精神的にも結構キます。めっちゃ疲れるから誰もやらないんでしょうね。。。

きっと言葉をトゲトゲにさせられる理由があるのでしょうが、他人に向けるとノイズとなって言葉が届かなくなってしまいますし、一歩間違えると怒りを娯楽として消費する事になる気がするのですが...。

とはいえ、私が勝手にトゲトゲゾーンに突っ込んで傷付いているだけなので、私にそのトゲトゲを非難する権利も改善させる権利もありません。それは他人の意志なので、私が介入する余地などありません。私が傷付きたくなければ私の意志で見なければいいのです。

でも知識欲が勝っちゃうんだよな~~!!しんどいぜ!!

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございました!

 

敵は味方の中に。(献血の宇崎ちゃんポスター問題について)

(10/21追記) 宇崎ちゃんは遊びたい!の献血ポスター問題について、続きの記事を書きましたので、良ければご覧ください!

fukamefukame.hatenablog.jp

 

 

 

献血PRに「胸強調」女性キャラで疑問の声も 日赤「セクハラという認識は持っておりません」 : J-CASTニュース

 

先日からTwitterを騒がせている、太田啓子弁護士が献血ポスターに使われている二次元イラストを、「環境型セクハラだ」と批判した件。(当該ツイートは削除されております)

肯定派、否定派の意見を斜め読みしてみた結果、すれ違っている原因のようなものと、フェミニストとは?という部分が見えてきたような気がしたので、備忘録として残していこうと思う。

 

まず、それぞれの主張。

 

肯定派

・露出も無く、ただ乳がデカいだけのイラストのどこがセクハラだ。その発想こそ胸の大きな女性に対してセクハラだ。

・そもそもアニメを見ない人は、この広告のターゲットではない。

フェミニストが自己のコンプレックスを投影して騒いでいる。

・2次元と3次元の区別がついていない。

・どうせ騒いでいる奴は献血に行かないから、そんな奴の意見を聞く必要はない。

 

否定派

・肯定派は「男性向けに作られた性的コンテンツ」と「性的な目的ではなく、別の目的で作られたコンテンツ」の区別がついていない。

・女性という存在が男性向けの性的コンテンツとして消費されている。

・こんなに胸の大きな女性は公共の場に不適切だ。環境型セクハラだ。

・純粋に見ていて不快。キモい。

・2次元と3次元の区別がついていないのはお前らの方だ。

・こんなの見て献血に来たオタクの血なんかいらない。

 

 

ざっと見たところ、こんな感じ。

互いの価値観がぶつかり合いまくっている。

 

そんな中ひと際、興味深いやり取りがあった。

 

 「石川優実」さんの一連のツイート。

 

そして、「さすが多摩湖ナルコレプシー」さんの一連のツイート。

 

 さらに、多摩湖さんに対しての石川さんの一連のツイート

(このやりとりが非常に秀逸で勉強になるので是非ご覧ください。)

 

このお二人のやり取りで、石川さんのようなフェミニストと呼ばれる方々が何を守ろうとしていたのか、何故同じフェミニスト多摩湖さんと、意見の軸が異なっているように見えるのか。そして、それが何故世間に伝わらないのかが、垣間見えた気がした。

 

少し話は逸れるが私は最初石川さんを見た時、献血ポスターへセクハラだと言っていながら、ツイッターに下着姿を晒しているのを見つけて

「人にセクハラ訴えておきながら自分は下着姿を晒してるとかフェミニストって頭沸いてんだな」と思っていた。w

 

でも、石川さんの訴えを読み進めていくと、まさに上記の行動が訴えの内容を表している事に気付いた。

それは、「私は私の意思で下着姿を晒していて、男性向けに性的コンテンツを提供しているわけではない」という事。

そして、セットで訴えていることが「別に性的な目で見てくることはなんの問題もないが、いちいち『貴方は性的なコンテンツです』と勝手にジャッジし、報告してくるな」ということ。

後段の「『貴方は性的なコンテンツです』と勝手にジャッジし、報告してくる事」がセクハラの部分であり、「女性の身体的特徴をコンテンツとして切り売りするな」では無かった。

もう少し踏み込むと、「他人を無意識の内に性的コンテンツとしてカテゴライズし、消耗していく人」たちを批判していた。

なるほど、と関心してしまった。 

 

 

多摩湖さんの意見は、そもそも「胸を強調したキャラクターは男性向けのコンテンツでありセクハラ」という認識自体が女性に対しての差別だとしている。

分かりやすく言葉の形を変えると、「胸の大きい女性は男性を誘惑している」となり、その認知が無意識に上記のセクハラ認定の中に隠れていて、自分自身で気付いていない事を問題としている。

 

 

 

あれ、この二人、同じ事言ってない?

 

 

  

 

ここに気付くまで、気付くまで非常に時間がかかった。

本当に。マジで頭使った。

 

なぜこんなに時間がかかったのか。ここが一番の問題だった。

それは、オタク、フェミニスト双方で無自覚に差別意識むき出しの批難が飛び交っていたから。これは本当にノイズだった。

 

 冒頭に提示した肯定派、否定派の意見をもう一度上げてみる。

 

肯定派

・露出も無く、ただ乳がデカいだけのイラストのどこがセクハラだ。その発想こそ胸の大きな女性に対してセクハラだ。

・そもそもアニメを見ない人は、この広告のターゲットではない。

フェミニストが自己のコンプレックスを投影してギャーギャー騒いでいる。

・2次元と3次元の区別がついていない。

・どうせ騒いでいる奴は献血に行かないから、そんな奴の意見を聞く必要はない。

 

否定派

・肯定派は「男性向けに作られた性的コンテンツ」と「性的な目的ではなく、別の目的で作られたコンテンツ」の区別がついていない。

・女性という存在が男性向けの性的コンテンツとして消費されている。

・こんなに胸の大きな女性は公共の場に不適切だ。環境型セクハラだ。

・純粋に見ていて不快。キモい。

・2次元と3次元の区別がついていないのはお前らの方だ。

・こんなの見て献血に来たオタクの血なんかいらない。

 

赤い文字の意見は、相手への感情的な敵意、無自覚な差別だ。

売り言葉に買い言葉、ってやつだ。

敵意というものは非常にパワーがあり、一気に人々の間で伝染していくし、言葉のベクトルが分かりやすい。この敵意にフェミニストの皮を被せて、あるいはオタクの皮を被せて発信している人が、双方の理解を阻害する非常に強いノイズになっていると感じた。

お互い、その皮に騙されて、個人個人の中にある敵意と戦っているのだ。これはしんどいし、解決するわけがない。

 

私も肯定派の感情論に流されそうになった。石川さんも、きっと太田啓子弁護士と同類なんだろうな、と一瞬思ってしまった。

そして、肯定派の感情論に流されそうになった自分に気付くのに、相当な時間がかかった。

誰だって、この強い言葉に流されそうになる。私だって気付かない内に何度も流されては理解できないまま相手を非難している事もあると思う。

 

 

 

twitterが普及してから怒りというものは娯楽化していて、私を含め大半の人はこの怒りを一時の娯楽として無意識化に消費している。

娯楽でしかないので、表面的でキャッチーな事象を適当に感情論で叩いて、自分の中の怒りが満足したら次の騒動へ流れていく。

娯楽なので、暇なときにしかしない。相手の本当の真意や根っこにある問題まで掘り下げる時間なんかないから、本質をきちんと理解出来る人なんて殆どいない。

でもそれが悪いとは決して思えない。だって人の時間は有限だから。

 

でも、その怒りのエネルギーにたいして、自覚しておかねばな、とは思う 

 

 

 

このブログの件名にも付けたが、物事の本質を見極める為にまず行わなければならないのは、

双方の中にいる、オタク、フェミニストの皮を被った繊細ヤクザを排除する事なのではないかと強く思った。

本当はフェミニストの方こそ、太田啓子弁護士に対して「それは繊細ヤクザでは」と訴える必要があった

 

 

ここから先は仮定の話である。

もし太田弁護士が本屋さんで石川さんのグラビア広告のポスターを見た場合、

きっとそれを環境型セクハラだと認識していたのではないか。

石川さんに性的コンテンツを提供している意志が無かったとしても。

その構図って結局、男性が勝手に石川さんの事を性的コンテンツとして認知しているのと同じなのではないかな。

女性だって、「女性は男性の為に露出しているのだ」と思いこみ、その思い込みによって女性にセクハラするのである。

 

 

 

本当の敵は目の前の人間ではなく、横や後ろの味方の中に居るかもしれない。

 

 

 

 PS.

 

そんな難しい問題、今すぐ解決するのは無理なので、

まず今すぐできる事をしよう。それは献血

献血行ってから議論しても遅くない。

数百ccの血液に敵も味方も関係ない。

誰かの救いになるのなら、まず献血しよう。

 

身体的なアレで行けない人も気にすることない。

行ける人が行けばいい。そう思いました。

 

あ、あと宇崎ちゃんは遊びたい!の作者の丈先生にも謝ろうね。

書いた人もコンテンツも悪くないよ。創作物に罪はない。

 

乱暴に締めたね、そろそろ仕事しなきゃ。ごめんね。

終わり。